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ハタラキアリの徒然日記

働く中で気づいたことについて書くブログです。書評もはじめました。

ソフトバンクの取締役はどんな人か?|大西孝弘「孫正義の焦燥」

書評

大西孝弘さんは「歴史の証人になりたい」といって「孫正義の焦燥」を執筆されました。

著名なコンサルタントである大前研一さんは「読んだ時間の3倍考えなさい」とおっしゃっているようです。このブログの書評では、書評に加えて私が3倍考えた結果も書きます。

「孫正義の焦燥」概要

ソフトバンクグループ会長の孫正義さんがどのような人物であるかについて書かれた、大西孝弘さんの著書です。

大西さんの経歴は日本経済新聞社の記者です。

大西孝弘

1976年横浜市生まれ。上智大学法学部卒業後、2001年から月刊「日経エコロジー」、2006年から週刊「日経ビジネス」で主に自動車など製造業、ゴミ、資源、エネルギー関連を取材。2011年から日本経済新聞証券部で化学と通信業界を担当。2016年10月から現職。

日経ビジネスオンライン http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130510/247884/

ソフトバンクの経営にあたって、孫正義を中心としたソフトバンクの重役がどのように立ち回ってきたのかについて詳細な取材が行われています。

孫さんの意見そのものは本書を読んでいただくとして、ここでは孫さんの周囲の人間の考え方にまつわる部分について考えてみました。

投資家は虚業なのか?

柳井正「投資家というのはある意味、虚業家ですよ」

ファーストリテイリング創業者でソフトバンク取締役の柳井さんによると、投資家は虚業だそうです。

「最近は買い過ぎですよね。投資家というのはある意味、虚業家ですよ。虚業家になってほしくない」

出典:大西孝弘「孫正義の焦燥」

ソフトバンクによる他社の買収のときに、上のような発言で反対しているようです。

私の考え

柳井さんが個人的にどうお考えかはこのさいおいておきましょう。

よく言われる「誰が言ったかではなく何を言ったか」にのっとって、「投資家は虚業家」という発言だけに着目してみたいと思います。

虚業とは?

そもそも虚業とは何なのでしょうか。

金融業は虚業家といわれることはよくあります。

私自身も「金融業界に行きます」というと事業会社の人たちから「実業じゃなくてよいのか。まあ、君には合ってると思うけど。」という言われ方をしたことがありました。

しかし、虚業というのがどのようなものかをきちんと考えたことはありませんでした。

そこで「虚業」について調べてみました。

「実業」の対義語。具体的価値を生み出すことのない、実体なき事業を指す。皮肉やあてこすりの意味で使う罵倒語の類。

出典:はてなキーワード

実業の対義語だそうです。こうなると実業の意味が気になりますね。

「具体的価値を生み出す」らしい実用を調べてみました。

じつぎょう【実業】

農業・商業・工業・水産業など、生産・販売に関わる事業。

出典:三省堂「大辞林第三版」

どうやら「具体的価値を生み出す」のニュアンスが少し違いそうです。同じ出典で虚業を調べました。

きょぎょう【虚業】

〔「実業」からもじって作られた語〕

投機的な堅実でない事業。大衆をだますうさんくさい事業。

出典:三省堂「大辞林第三版」

堅実でない=うさんくさいではないと思いますから、これの説明は「または」を補って読めということでしょうか。

投機的名堅実でない事業。または、大衆をだますうさんくさい事業。

少しずつ虚業というのがどのようなものか見えてきました。

辞書的ではない説明の仕方をするのであれば、次のようなものになるのでしょうか。

農業や工業のような生産・販売にはかかわらず、高いリスクをとって収益をあげる商売のこと。

投資家は虚業なのか

上で書いた定義によれば、虚業の要旨は2つです。

  1. 生産販売にかかわらない

  2. 高いリスクをとる

みなさんが思い浮かべる「投資家」の像にもよるのですが、金融の世界でいう「投資家」とは、ブラックロック*1などのことです。

ブラックロックなどの資産運用会社がどのように運用しているかというと、次のとおりです。

  1. 資本市場について緻密に分析したうえで投資信託を組成し、

  2. それを個人投資家や年金基金などに販売したあと、

  3. リスクや運用パフォーマンスを徹底的に管理する

生産販売をしていないわけでも、高いリスクをとっているわけでもありません。

したがって、投資家は虚業家とは呼べないのではないかというのが私の結論です。

補足:なぜ投資家が虚業家だと思われるのか?

おそらく、単に「投資家像」の差だと思います。

投資家は、大きく分けて「個人投資家」と「機関投資家」の2種類あります。

前者はみなさんのイメージするとおりだと思います。

後者は上に挙げたブラックロックや年金基金など、株式や債券を運用する組織のことです。

市場の株式や債券の大部分は機関投資家が保有しており、金融の文脈において「投資家」と言ったら基本的には機関投資家のことを指します。

しかし、日本は世界的に見ても個人投資家が多い国であるため、「投資家」から連想されるのが個人投資家であることが多いのです。

個人投資家は生産も販売もしていないうえ、機関投資家と比べるとかなり高いリスクをとって資産を運用しています。

このため、虚業家というイメージがあってもおかしくないでしょう。

孫「もういっそのこと、上場を取りやめて、」

以下のような一節がありました。「僕」や「私」は孫さんのことです。

僕としては、株価が上がったり下がったりすると、株主の皆さんにも心配をかけるし、アナリストやジャーナリストへの説明もいろいろと面倒臭い。

もういっそのこと、上場を取りやめて、私が個人で会社を背負おうか。そういうふうにも思うんです

出典:大西孝弘「孫正義の焦燥」

私は、孫さんに対して「無責任な経営者」というイメージを持っていたので意外でした。

これはこの本をとおして感じていたことですが、私が思っていたよりもきちんと株主のことを考えて経営されている方でした。

この誤解が解けただけでも本書を読んでよかったと思っています。

しかし、ほかのステークホルダーについてはそうとも限らなかったようです。

社長、いいんですか、そんなことで。そんなことでいいんですか。ソフトバンクはもっと世界に大きく羽ばたいていかなきゃいけないんだ。だからそんな煩わしさとか、そんな面倒臭さで、我々の夢をちっちゃくしていいんですか

(中略)

絶対に反対です。私は身を挺して止めます

出典:大西孝弘「孫正義の焦燥」

元ソフトバンク取締役の故・笠井和彦さんは上のように述べているそうです。

笠井さんはみずほ銀行(当時・富士銀行)の元トレーダー・元副頭取です。

負債の多いソフトバンクを実質的に支えていたみずほ銀行から派遣された取締役です。

私の見方

ソフトバンクに対しては「株主を軽んじる経営」というイメージをもっている方も少なくないのではないでしょうか。

この点について、銀行から派遣された取締役である笠井さんの発言をふまえつつ考えてみたいと思います。

まず、企業が誰のものかという話になりますが、これには一定の結論があって、債権者と株主のものです。

債権者と株主の権限

債権者の「利子を払ってもらえないリスク」と株主の「株価が上がらないリスク」とだと株主側のほうがハイリスクなことが多いです。

少し複雑な話になってしまいますが、リスクとリターンは基本的に正比例します。*2

このため、ハイリスクである株主のほうが権限が強くなっています。

したがって、本来は「株主に心配をかけないように」という視点は非常に正しいことになります。「夢をちっちゃくしていいんですか」は本来なら間違いです。

ソフトバンクの特殊事情

しかし、ソフトバンクは通常の企業よりも多くの借金をしています。

自己資本:  3.10兆円

借金総額: 14.92兆円

時価総額:  8.67兆円

出典:決算短信, 株価はヤフーファイナンス(1か月終値平均)

自己資本というのは、簡単に言えば会社がもっているお金のことです。

上のとおり、ソフトバンクは自分で持っているお金の5倍近いお金を借りているうえ、借金が株式の1.7倍もあります。

これを見ると、ソフトバンクが重視すべきは株主なのか銀行なのかということは少しわかるのではないでしょうか。

笠井さんが個人としてどういう考えだったかはともかくとして、銀行側から見ると「上場を取りやめて」では困るわけです。*3

*1:アメリカを拠点とする世界最大の資産運用会社。600兆円近い資産を運用する。東京証券取引所に上場している全企業の時価総額の合計が580兆円であることを考えると、非常に大きな資産を運用していることがわかると思います。

*2:正確には比例ではなく曲線状になります。同じリターンを生む高いリスクの商品と低いリスクの商品があったとすれば、みな低いリスクの商品を購入するので、相対的に低リスク商品の価格が上がります。最終的なリターンは「受け取れるお金」から「取得額」を引いたものですから、ローリスク商品は最終的なリターンが小さくなります。これがローリスクローリターンです。逆に、ハイリスク商品は相対的に人気がなく商品の価格が下がるため、最終的なリターンは高くなります。これがハイリスクハイリターンです。

*3:借金を返せなくなりそうな場合には、株式を新たに発行する「エクイティ・ファイナンス」によって資金を調達することになります。十分に時価総額が大きな企業であれば、それなりに大きな額のエクイティ・ファイナンスを行えます。しかし、上場を取りやめてしまうとエクイティ・ファイナンスを行うのが非常に難しくなってしまいます。よって、上場企業であり続けることは資金の貸し手である銀行にとっては非常に重要です。株式が担保のようなものだからです。