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ハタラキアリの徒然日記

働く中で気づいたことについて書くブログです。仕事での「気づき」やビジネス書の書評などを書いています。

努力

知識不足や能力不足の原因は、本当に「努力」不足なのでしょうか。

「努力」には時間が必要

努力とはどのようなものなのでしょうか。

効率的な努力と非効率な努力はあるとはいえ、一定の時間を割くという側面は間違いなくあるでしょう。

私が就職活動をはじめて間もないころ、就活セミナーに参加すると「自分が何をしてきたかを明確にするために、中学生以降で何に最も多くの時間を割いたか書いてみてください。」と言われました。

長く時間を使った順に3つと言われたので、「ゲーム: 10,000時間超、パソコン*1:10,000時間超、受験勉強:約6,000時間」と書きました。

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自分で書いてみて改めて、本当に何もしてこなかったんだなと感じました。

成長のために努力をはじめたのはほんの数年前であり、二十数年あった人生の8割くらいは遊んですごしてしまったことを後悔しました。

しかし、セミナーの講師からは別の反応がありました。

1つのことに10,000時間も没頭できる人は多くない。

そういう人でも、物心つく前から、たとえば幼稚園生のときから続けていたピアノに使ったとかそういう類が大半だ。

中学以降にはじめたことに、まして複数のことに10,000時間も時間を使う人はほとんどいない。

ほかの人はどうやら、1番多いものでも数千時間だったようです。

それを聞いて、ほかの人たちはさまざまなことに分散して時間を使っているのだろうと考えていました。

「努力」をしていない時間

それから数か月後、時間をより効果的に使おうと思って、睡眠や食事、移動時間に至るまでをこと細かに記録してみたときのことでした。

しかし、「今日1日何をやったか」をすべて記録して、すべて足し合わせても20時間少々にしかなりませんでした。

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時間を惜しんで精力的に行動しているつもりだったにもかかわらず、1日の2割ほどの時間をただ失っていたのです。

「『努力』しよう」よりも「時間を使おう」がいい

私が今までに会った「すごい人」たちはとても精力的に活動しています。

その一方で「何でこんなこともわからないんだろう」と感じる人もいます。

知識や能力が不足している人に「努力が足りない」と指導している人をよく見かけますが、不足しているのは本当に努力なのでしょうか。

*1:インターネットという意味ではなく、オフィスソフトや動画編集、ブログ執筆など、パソコンを使った作業に結構な時間を使ってきました。