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ハタラキアリの徒然日記

働く中で気づいたことについて書くブログです。仕事での「気づき」やビジネス書の書評などを書いています。

なぜテレビ局は衰退したのか?|境治「拡張するテレビ」

―― テレビは持っていません。でもテレビは好きです。見ています。

そんな若者の話ではじまる「テレビ論」の本です。

著名なコンサルタントである大前研一さんは「読んだ時間の3倍考えなさい」とおっしゃっているようです。このブログの書評では、書評に加えて私が3倍考えた結果を書いています。

「拡張するテレビ」の概要

境さんは広告代理店出身のメディアコンサルタントで、現代のメディアのありかたについての専門家です。

1962年福岡県福岡市生まれ。東京大学卒業。87年広告代理店アイアンドエスに入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあと2006年、映像制作会社ロボットで経営企画室長、2011年、広告代理店のビデオプロモーションでコミュニケーションデザイン室長を経験。2013年から再びフリーランスになりメディアコンサルタントとして活動。

境治「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来」2016年。

この本は、「テレビは持っていないけどテレビが好き」という若者の話からはじまり、現代における「テレビとは何か」について書かれています

スマートフォンでPrime Videoを見たらそれはテレビを見たことになるのか、Netflixはテレビなのか、テレビ局は今後どうなっていくのか、こういった論点について学べる貴重な著書です。

テレビ業界のいま

テレビは「機械」「番組」「テレビ局」のすべてを指しますが、変化しているのは「機械」のようです。

私はテレビ業界にあまり関心がなく、テレビ業界についての知識が少なかったので、とても多くの新しい知識を得ることができました。

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自分の触れたことが少ない業界について知ることのできる書籍は、知的好奇心を満たすうえで非常に有用だと思います。

メディアへの触れ方

著者によると、現代の若い層のメディアの使い方のキーワードの1つに「緩急」があるそうです。

若者のスマートフォンの使い方について次のように書かれています。

せわしないったらないし、個々のメディアやコンテンツをちゃんと見ているのかと言いたくなるほど瞬間的にしか見ていない。ところがある時点でスイッチが入り、突如コンテンツに見入る。録画したテレビドラマや、VODでドラマを見る。ベッドに入ってマンガサイトでじっくりマンガを読む。接触の様子が極端だ。

確かに、私もNewspicksやBloombergですばやく情報を集めて、LineやFacebookをせわしなく確認したあとに、Kindleでじっくりと本を読みます。

どうやら典型的な若者らしいスマートフォンの使い方のようです。

テレビ局が苦戦しているのは、こういった「緩急」に合わせることが難しいからです。

見たいときに見たい方法で見たいものを見るという「緩急」の時代においては、Netflixのような「テレビ」が強いといえます。

テレビ局の収益体制

恥ずかしながら、テレビ局の広告料の設定方法をこの書籍ではじめて知りました。

スポット枠の発注は「この局のCM枠を1000GRP買いたい」といったやり方になる。GRPとはGross Rating Pointの略で「総世帯視聴率」の意味。

1000GRPの発注の場合だと、視聴率の合計が1000%になるような買い方をすることになり、実際の枠決めは広告代理店が局に発注して調整し、スポンサー企業に提示する。

境治「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来」2016年。

テレビ局の制作陣が視聴率しか気にしていないという話はよく聞きますが、このような仕組みだから視聴率が大切なのですね。

ここまで収益に直結しているとは思っていなかったので勉強になりました。

ネットは最先端、テレビに安心感

非常に勉強になる書籍であった一方で、テレビとネットの位置関係については、私は著者と異なる意見を持っています。

フジテレビはなぜ日テレ勝てないのか

フジテレビジョンと日本テレビ放送網の2社が比較されていましたが、要約すると次のような話です。

  1. フジテレビは情報の真新しさで勝負していたが、日テレは安定的な内容を提供していた

  2. ネットの登場でテレビに「真新しさ」が求められなくなった

  3. 「ネットとテレビの間で、フジテレビの価値が埋没してしまった」

1つ目と3つ目について異議はないのですが、2つ目については果たして本当にそうでしょうか。

テレビ番組に真新しさを求めていないのは、テレビ番組が真新しくないからであって、逆ではないような気がしてなりません。

テレビに安心感を求めているか

著者は、テレビとネットで比べてネットのほうが情報の速度が速いため、テレビに求めるものが変わったと考えているようです。

1990年代までは、テレビは最も先端的な話題を取りあげたり、時代を先取りしたりしたコンテンツを見せる場だった。

(中略)

テレビのポジションは大きく変化した。新しさ、先端的な話題はネットのほうが上回り、逆にテレビにはもっと安定的な題材が求められるようになった。ネットには刺激を求め、テレビには安心を求める。そういう位置の変化が起こったのではないだろうか。

境治「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来」2016年。

しかし、この考えには違和感があります。

事実として、私はテレビに「安心感」を求めていませんし、単に情報が遅いだけのメディアだという認識をもっています。

一方で、私の祖父母は「テレビを見ると世の中で『いま』何が起こっているのかがわかる」と考えているようです。

観測する人別の「いま」とは

情報の速度という観点に立つと、次のように整理できるのではないでしょうか。

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このように、ICTリテラシの高い層にとって*1、もはやテレビは「情報収集」には適さないメディアとなっているのではないかと思います。

しかし、ICTリテラシの高い層にもテレビを見ているかたはいます。

したがって、次のように考えるの妥当ではないでしょうか。

「テレビに求めるのが「安心」に変わったのではなく、もともとあった「安心」と「情報収集」の2つの側面のうち後者が失われた。」

これならテレビを見る若者が純粋に減少していることも説明できます。

*1:たとえば、はてなブログを作ったりはてなブックマークを使いこなせたりする層は、世の中で見れば上位数%のICTリテラシを持っているといえるでしょう。