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ハタラキアリの徒然日記

働く中で気づいたことについて書くブログです。仕事での「気づき」やビジネス書の書評などを書いています。

価値

「価値」の大きさが決まるのは観測されたときです。

自分の付加価値が評価されないと悩んでいる方がいらっしゃいました。

価値とは何か

木材を買ってきて加工し、木人形を作成したときのことを考えます。

加工した人が生み出した価値とは、加工によって付与された価値です。

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加工によって新たに付与された価値を加工の付加価値と表現します。

価値のうち、特定の人物や組織が生み出したものが付加価値だということになります。

そして、この付加価値は木材が加工された瞬間に生まれ、その瞬間から常に存在しつづけます。

負の付加価値

経年や摩耗などによって、木人形の価値が下落することはあります。

このような価値の低下は、「経年」などという負の付加価値が加算されていくと考えることができます。

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いいかたを変えれば、木人形の加工によって生み出された付加価値は、なくなることなく存在しつづけています。

付加価値と評価

このように、価値というのは生み出されたその瞬間から持続しつづけるものだと考えられます。

しかし、価値の大きさは一定ではありません。

時間による変化

標準的な人物が標準的な技術で木材を加工していた場合、加工の付加価値が大きいと評価されることはないでしょう。

しかし、この木人形が2,000年前に作られたものであったとすると、当時の技術などを知るうえで有益な情報が得られるかもしれません。

加工されていなければ、経年などによる負の付加価値によって、木人形の価値はゼロまで低下していたでしょうけれど、加工という付加価値があったことによって、木人形の価値は高く評価されることになります。

人物による変化

加工した人物が、のちに一流の芸術家となった場合はどうでしょうか。

「あの芸術家がおさないころに作った作品」などともてはやされ、付加価値が大きく評価されるかもしれません。

この場合でも、付加価値が生み出されたのは加工したときであって、付加価値というのは加工した時点から常に存在しつづけているものです。

見る人による変化

過去の技術による加工や、のちに有名芸術家となった人の加工だったとしても、歴史や芸術に関心のない人は、加工による付加価値を大きく評価したりはしないでしょう。

観測

このように、付加価値そのものが生まれることと価値が評価されることは、独立しているといえます。

付加価値はいつでも生み出せますが、付加価値の大きさは観測されたときに決定するのです。

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みなさんは、自分の付加価値を高めるために、がむしゃらに多様な付加価値を生み出そうとしていませんか。

自分の仕事や努力に対する評価が想定未満であったときに、観測される環境はきちんと変えているでしょうか。