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ハタラキアリの徒然日記

働く中で気づいたことについて書くブログです。仕事での「気づき」やビジネス書の書評などを書いています。

抽象化

思考をどれだけ「抽象化」するかによって、行動も大きく異なります。

「抽象化」とは

事物や表象を、ある性質・共通性・本質に着目し、それを抽き出して把握すること。その際、他の不要な性質を排除する作用(=捨象)をも伴うので、抽象と捨象とは同一作用の二側面を形づくる。

出典: 三省堂「大辞林 第三版」

具象しているものを捨象することを抽象と呼ぶのですね。象の字のつく3つの単語の関係性は数式で表せるようです。

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要するに、本質ではないものを取り除くことを抽象化というようです。

「抽象化」で取り除かれる本質

本質ではないものを取り除くようですが、ひとそれぞれで何を本質とみなすかは異なってくるでしょう。

そもそも本質とは何でしょうか。

物事の本来の性質や姿。それなしにはその物が存在し得ない性質・要素。

出典: 三省堂「大辞林 第三版」

要するに、あるものが存在するための「必要条件」こそが本質であるようです。

「抽象化」と生き方

抽象度が高い状態とは、真に本質的な部分以外はすべて取り除いた状態であるということです。

場合によっては、「やや本質的」といった部分についてはすべて捨象してしまう状態です。

やる気と「抽象化」

誰かの役に立ちたいと考えている方は多くいらっしゃると思います。

人間の本源的な欲求には承認欲求というものがありますから、「自分が誰かの役に立った」「自分に価値があった」と感じることに意義を見出すのはいたってふつうです。

多かれ少なかれ、誰かの役に立ちたいと考えている方は多いでしょう。

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ここで具体化・抽象化の概念を導入してみましょう。

きわめて具体的な例

自分の家族を養うためにお金を稼ぎたい。

これは、自分の家族という数人の具体的な人物に対して貢献する意思の表れです。

やや具体的な例

仕事に尽力して、自社の業績に貢献したい。

顧客企業のために尽力して、自分の成果を認めてもらいたい。

自分の所属する組織レベルの話をしています。家族などと比べると少し抽象的になります。

やや抽象的な例

金融業をとおして産業を成長させ、日本の経済をよくしたい。

日本を代表する商社の一員として海外に赴任し、日本の実力を見せつけたい。

国家レベルの話です。商社や銀行はわかりませんが、証券会社にはこういう夢見がちな人がちらほらいます。

きわめて抽象的な例

自社の製品で人々の生活を変革し、人類を一歩先に導きたい。

世界から貧困をなくすためなら、寝る暇も惜しんで働きたい。

ITスタートアップや国連機関などで働く人は、目標が人類全体といったレベルになっていることがあります。

感謝と「抽象化」

企業の話をすると少しわかりづらいかもしれません。

「どうせ大言壮語だろう」と考える方もいらっしゃるでしょう。ごもっともなお考えです。

では、身近な人への感謝について抽象度を変えてみましょう。

具体的な例

父と母にはお世話になったから、両親に仕送りをしよう。

〇〇先輩にはお世話になったから、先輩に対してはきちんと恩返しをしなくては。

これは、お世話になった特定の人物に対する感謝の気持ちなので、抽象度は低いです。

抽象度をあげてみるとどうでしょうか。

抽象的な例

「親」にはお世話になったから、子供をしっかり育てなくては。

「先輩」にはお世話になったから、後輩の面倒をしっかりみよう。

こちらは「親」や「先輩」という概念に対しての感謝の気持ちです。

こういった考え方の人は、お世話になっていたと感じるほど他人に貢献しようとしますが、必ずしも本人に直接お返しをしようとは考えないケースが多いです。

感謝だとわかりにくい場合は、憎しみにかえるとわかりやすいかもしれません。

抽象的な例

「親」が学問の大切さを教えてくれなかったから、自分の息子にだけは勉強をさせたい。

「先輩」に雑務ばかり押し付けられてきたから、今度は後輩に押し付けてやろう。

その一方で、世の中には、親から暴力を受けていたから親を刺してしまったというようなケースもあります。

これなら、イメージしやすいと思います。

「抽象化」と選択肢

このように、具体化と抽象化の度合いによって、生き方そのものが変化してしまうのです。

何か行動を起こすときに、一度立ち止まって抽象度を変えてみると、選択肢が広がるかもしれません。